小説版 ‐ ファイアーエムブレム外伝

小説版

外伝のメディアミックス展開は初代作に比べると大人しい印象で、数もそれほど多くないと思われます。

そんな中、自分が声を張り上げて推したいのは尾崎克之さんの小説版
結構な衝撃を伴う珠玉の作品でして、いつぞやの引越しの際に一度は売ってしまったものの、その後もジワジワと後を引く瞬間があり、しかし古本屋ではまったく見かけることができず、結局ネットで定価の倍以上の金額を出して再購入するに至りました。恐らくもう手放さないと思います。

初代作の「箱田版」にならい、ここでは敬意を込めて「尾崎版」と表記させていただきます。

表紙

こちらが上巻下巻それぞれの表紙。

外伝をプレイ済みの人であれば、アルム、セリカ、セーバーの3名はすぐにわかると思います。ただ、上巻のピンク色の娘は…なんと、これがシルクなのです。詳しくは後述しますが、尾崎版の大きな特徴のひとつとして、このシルクというキャラクターの大胆な位置付けがあります。

アルム軍 セリカ軍

続いて巻頭のカラーページに載っているそれぞれの軍の面々を。

補足としては、アルム軍は手前で筆を握っているのがグレイ(小説では絵心がある設定)で、セリカ軍はカチュアとエストの髪色がおかしく(説明書準拠?)、ジェシーが少々ゴツいといったところ。あとはだいたいわかるんじゃないかと思います。

で、この尾崎版。
何がすごいかというと、ある意味で非常に「ゲームに忠実」なのです。

ゲームのノベライズというと、映像や数値で表していたものを文章に落とし込むわけですから、まずその時点で空気感や視点が異なるものが生まれるのは当然と言えますし、むしろそれがノベライズの役割とも言えます。ましてやそれがプロの作家であれば「○○の攻撃!」や「△△は□□の魔法を唱えた」なんて安易な書き方は許されないわけで、表現を豊かにするほどゲームと乖離してしまう一面はあるかと思います。

実際、自分は本作の前にも「ドラゴンクエスト」や「イース」といったゲームのノベライズを読んでおり、独特の空気を醸すそれらの作品は確かに面白くはあったのですが、同時にどこか違和感もあったんですよね。幼いながらに「ノベライズとはそういうもの」と頭でわかったつもりではいたのですけれど、ゲームの「らしい部分」を文体で表現するのは案外に難しい作業なのでしょう。

ところがこの尾崎版は、そんなゲームの「らしい部分」を見事に小説内に取り込みます。

何より普通なら難しいと思われる「クラスチェンジ」の概念を、「ユニティ」というオリジナルの単語を用いることで無理やり実現させました。「ユニティ」とはもちろんゲームでいう「ユニット」のことであり、ミラ、もしくはドーマへの信仰を礎とし、「転昇」という言葉でクラスチェンジを行う、人間離れをした軍人的な設定となっています。

そしてこの「転昇」は、単に呼称や見た目が変わるだけのものではなく、もう少しゲーム寄りで、それでいて衝撃的な変化を伴います。例えば序盤、「村人」から「ナイト」へと転昇するグレイの様子はこんな感じ。

 彫像の目にさらなる光が宿り、やがてその光は糸となって伸び、グレイを包んだ。一本の光の糸がグレイの身体を巻き、それは巨大な繭のようであった。
 ルカは目を見張った。間違いなくそれは転昇の証しだったからである。転昇には、大いなる苦痛が伴うのをルカは知っていた。ルカはそれを思って次の瞬間には目をそむけた。
 一閃、悲鳴が走り、光の繭の下側が血に染まった。ミラの僕が、その霊馬を召喚するために、グレイのアキレス腱を切り取ったのである

怖えよ

この後もロビンがアーチャーへ、クリフが魔道士へ転昇するにあたり、それぞれ利き腕の筋肉が急成長したり脳細胞が沸騰したりでやはり悲鳴を上げています。

一介の村人風情が気軽に行えるものではなく、あくまでミラの僕に認められた者だけが、相応の苦痛を乗り越えてはじめて「転昇」できるという設定。クラスチェンジの概念を取り込むと同時に、戦争へと赴く軍人の覚悟が見て取れる見事な落とし込みだと思います。

ほかにも、特に目立ったわけでもないボスの名前を登場させたり、見落としがちな設定やエンディングのいちエピソードをさりげなく反映させてきたりと、全般的にゲーム準拠。本書のプロフィール欄にも「ファイアーエムブレムにはただならぬ情熱を注ぎ」とあるように、とにかく尾崎さん自身がゲームをやり込んでいることが伝わってきて、読み手としても心強く感じるのです。

そんなゲーム準拠の尾崎版ですが、もちろん独自の設定も存在します。

その筆頭が、上でも述べたアルム軍のシスター「シルク」の立ち位置。尾崎さん曰く「唯一人間的な背景を持っていない」とのことで、独自設定を入れやすいというのもあったのでしょう。確かにゲーム内の情報だけで登場人物の相関図を描いた場合、シルクって一人だけ孤立しているんですよね。

そんなわけで、彼女にはまず「アルムの正体を知っている」という立ち位置が与えられ、要所で存在感を示すキーパーソンとなりました。そもそもアルムとともに上巻の表紙を飾ること自体、ゲーム内の立ち位置からすれば異様なことだと思います。

そして、何より衝撃的だったのが…、クリフとの関係性ですよ。

ソフィア城に到達するまでのあいだ、ちょっとクリフがシルクを意識しているかなーなんて描写が見られるのです。その後、ソフィア城の攻略の場面にて、クリフはシルクの護衛の役割を与えられるのですけれど、作戦会議の見取図に書かれた「KLIH」という綴りに対し、「そうじゃない。僕の名の綴りはKLIHS。最後にSが付くんだ」とクリフは主張します。その場は「辺境の方言に違いない」と茶化されて終わるのですが、いざ始まったソフィア城の攻略戦にて、クリフは敵の妖術士の魔法を受け、今際の際にシルクに何かを言おうとしながら事切れてしまいます。

この最期の言葉は、グレイとロビンのあいだでは愛の言葉に違いないと解釈され、そうであったかのようにミスリードもされているのですが…。上巻の巻末に載っている、シルクが単身でクリフの墓参りをするエピローグにて、その内容が判明します。

 ……姉さん。あなたはあの時、そう言ったのですね。姉さん。それがあなたの最後の言葉だった。もっと堅く抱きしめるべきだった。私はいま、深い後悔に身のちぎれる思いです。

なんと、姉弟…!
さらに、エピローグの最後には、

 シルクは墓標に刻まれたクリフの名を指でたどった。
KLIHS。SHILK。同じ名を持つ私の弟。安らかに眠りなさい。あなたを失った悲しみは悲劇の発句、真の悲劇はこれから始まるのです」

作戦会議中の「辺境の方言」にもこんな伏線が。姉弟の設定はもとより、こんな名前のアナグラムまでよく見つけ出したものだと、初めて読んだときは着眼点に圧倒されたものでした。

外伝のストーリーって、シリーズの中でもとりわけ重いほうだと思うのです。特に、なぜルドルフが戦争を起こすまでに至ったかの経緯は、当時こそ別のやり方があったんじゃないのともどかしさを感じたものですが、この「凝り固まったものに対するどうしようもなさ」というのは、年齢を重ねるほど理解できるものだと思います。そういう細やかな機微を文字に起こせるノベライズというのは、この外伝にマッチした形態であったとつくづく感じます。

紹介したほかにも、アルムとジークの一騎打ち、ヌイババとのやりとり、リゲル城攻城戦、そしてドーマの祭壇と、印象的な場面は多数。特にリゲル城攻城戦…。あまり書くとネタバレになってしまいますが、アルムをルドルフのもとへワープで飛ばしたあと、シルクがその場に泣き伏してしまうのです。その場面もとにかく好きで。

今や結構なプレミア価格となっていますが、興味の湧いた方はぜひ手に取ってみてください。